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『印刷BPO』で実現する市民からも喜ばれる業務効率化

群馬県 前橋市

 業務効率化やワークライフバランスなど、“働き方改革”に向けた取り組みが多くの企業で進められている。行政においても一部で進められているが、サービス品質の維持も重要とされており、多くの自治体が頭を悩ませている。そうした中、前橋市では隣接する伊勢崎市と共同で『印刷BPO』を導入し、大きな成果を上げている。職員の負担を軽減しながら住民からも喜ばれる自治体初の取り組みとは。前橋市情報政策課の岡田寿史課長と牛込大貴主任に導入の経緯などを聞いた。

35のWGできめ細やかな検討を実施

 納税通知書や各種申請書類など、行政が取り扱う帳票類は多岐にわたる。住民一人ひとりの家族構成や生活環境によっても必要な帳票類は異なり、その準備や発送業務に膨大な労力を要している。前橋市では、業務改善の検討を進める中でこうした印刷・発送の手間とコストに着目し、隣接する伊勢崎市と共同で『印刷BPO』を導入した。

 『BPO』とは、ビジネス・プロセス・アウトソーシングの略。業務の流れや仕組み全体を、専門業者にアウトソース(外部委託)することで、業務全体の効率化を図る。個別業務の外部委託よりも広い範囲の業務を包括的に委託するため、より高い効果を得ることができる取り組みとして注目されている。

 前橋市と伊勢崎市が導入した『印刷BPO』は、両市合わせて100種類以上ある帳票類を対象に、関連業務のシステム化と外部委託の導入だけでなく、市民に分かりやすいデザインへの変更も通して、業務効率化と行政サービスの品質確保の両立を目的としている。

 『印刷BPO』に取り組むきっかけは、政府が推奨する自治体クラウドの導入だ。自治体クラウドとは、複数の自治体が連携し、情報システムの集約と共同利用を進めることで、経費削減や住民サービスの向上等を図るというもの。前橋市でも隣接する伊勢崎市、高崎市と3市で『情報システム共同利用推進協議会』を設置し、業務最適化の検討を進めてきたが、その一環として2017年ごろから『印刷BPO』の検討を開始した。

 対象となる帳票類は2市合計で100種類を超え、関係者も多数に及ぶため、円滑な検討を行うには検討体制にも工夫が必要となる。そうした検討体制について牛込氏は「関連する部署も多く、前橋市と伊勢崎市ではルールが異なるものたくさんあったので、検討に当たっては両市の情報政策課を事務局として方向性の統一と意見の集約を図りました。また、きめ細やかな議論を行うため、自治体クラウド導入のために設置した35のワーキンググループ(WG)を活用しました」と話す。

 さらに、多くの部署にまたがるプロジェクトでは、一つのプロセスの遅れが全体に影響する。特に、一度決まったものに問題が見つかり前の工程からやり直すいわゆる『手戻り』の発生は、スケジュールだけでなく手間やコストにも影響を及ぼす。こうしたリスクを排して効率的な検討を進めるため、「検討段階では、手戻りなどによるスケジュールの遅れや工数の増加を防ぐために、担当WGや担当課でしっかりとコミュニケーションを図って確認し、承認後の再修正は原則行わないというルールを事務局で定めて、それを徹底しました」(牛込氏)という。

 個別のWGの検討結果を事務局が総括し、全体のルールを定める。そのルールに基づいてそれぞれの担当者たちが意見を出し合い、最適な解答を導き出していく。そうした仕組みで検討を重ね、全体の意思統一を図りながら1年半の検討期間を経て、『印刷BPO』は2019年に運用を開始した。

市民が理解しやすい“伝わるデザイン”へ

 『印刷BPO』の検討にあたって重視したポイントの一つが、市民が理解しやすい帳票類とするためデザインの刷新だ。帳票類をはじめ行政文書は分かりにくいものが多い。マイナンバーカードの発行などは記憶に新しいが、手続きや書き方がわかりにくいために電話や来庁による問い合わせも少なくない。また、環境や家族構成などによっても必要書類が異なることが多く、説明のための同封物も個別に仕分ける必要があるなど、印刷・発送だけでなく関連業務でも多くの工数が必要となる。こうした課題を解決するため、「市民にも職員にもメリットがある仕組みとするため、ユニバーサルコミュニケーションデザイン認証(UCDA認証)に基づく新たなわかりやすいデザインを検討しました」(牛込氏)としている。

 UCDA認証とは、一般社団法人ユニバーサルコミュニケーションデザイン協会(UCDA)が運営するデザインのわかりやすさを評価する認証制度のこと。『わかりやすさ』という曖昧な概念に対して、情報量やレイアウト、色彩設計など9項目の評価基準を設定し、わかりにくくなる要素が排除されているかどうかを評価する。認証には、見やすさを認証する『見やすいデザイン』(レベル1)とユーザーの理解度まで踏み込んだ伝わりやすさを認証する『伝わるデザイン』(レベル2)の2段階が存在し、前橋市と伊勢崎市の印刷BPOでは、より評価項目の多い『伝わるデザイン』の認証を取得している。

 「UCDA認証を取得した理由は、第三者による客観的な評価であることと、専門家と生活者の双方の目線から評価されるということにあります。帳票類のデザイン変更に際しては、“市民に伝わるデザイン”という目的は一致していたものの、担当者それぞれのこだわりや2市におけるこれまでの運用の違いなどから、多種多様な意見が出てくることが想定されました。そこで、第三者機関であるUCDAの認証取得という条件を付けることで、検討の方向性を一本化し、意見の調整を図りました。また、UCDA認証では専門家の評価だけでなく、生活者目線から実際の使用感を測るユーザーテストなども行われるという点も、“伝わるデザイン”に必要な要素だったと感じています」(牛込氏)

<従来の帳票デザイン(左)と見直し後の“伝わる”デザイン(右)>

 新たなデザインと情報システムの連携、細かな印字位置の調整など、試行錯誤を繰り返しながら丁寧な検討を進めていた中で、もう一つ課題となったのが通知書等と同時に発送する同封物の効率化だ。「前橋市においても、帳票の種類や対象となる方々の環境によって同封物が異なります。さらに、伊勢崎市とは同じ区分でも異なる同封物があるなど、同封物のルール作りにも様々な調整が必要でした」と岡田氏は当時の状況を振り返る。

 同封物の区分が増えると作業が煩雑となり、効率化の効果が薄まってしまう。さらに、BPO事業者の定めた制限もあったことから、同封物を最小限に絞ることなどを盛り込んだ封入封緘仕様を定め、効率的な運用フローを模索した。

「それぞれのWGにおいても、同封物を減らすとサービスの低下につながるのではないかという懸念もありましたが、帳票自体を“伝わるデザイン”に刷新したことで、同封物を減らしても市民の理解は得られるとの方針のもと、ケースごとの同封物の区分をとりまとめました」(岡田氏)

 こうした区分の見直しによりスムーズな外部委託が可能となり、封入封緘業務の効率化と発送ミスの減少などにつながっている。

 

  

2市合わせて約50%の経費削減を達成

 多くの関係者による1年半にわたる検討の甲斐もあって、2019年の運用開始以降、『印刷BPO』事業は大きなトラブルもなく順調に推移しているという。「事前に様々な検証をしっかりとできた点も順調に運用できている理由だと思います。もちろん新しい仕組みとなったことで、導入当初は小さいミスやトラブルもありましたが、想定外の大きなトラブルは起きていません」(牛込氏)と運用開始からの5年間を振り返っている。

 当初の目的であったコストと工数削減についても『印刷BPO』導入の効果が表れている。前橋市では対象となる28の帳票類の印刷・発送関連業務について、導入前には5年間で総額6億952万円の経費を要していたものが、導入後は3億7406万円となり38.63%のコスト削減を実現している。伊勢崎市も合わせた2市合計では5年間で49.74%と、約50%もの経費削減効果となっている。  

 また、「工数についても、従来と比べて職員が直接行う業務が減っただけでなく、手作業だったが故のミスも無くなりました。さらに、紙や印刷、封入封緘業務の発注などこれまで担当課が個別に行ってきた契約や発注依頼の一本化による納期の短縮、納品物の保管や封入封緘のために会議室を長期間確保する必要がなくなるなど、様々な効率化が図られており、数値化は難しいですがかなり大きな効果が出ています」(牛込氏)と実感を語っている。

 “伝わるデザイン”へと変更した帳票類については、「導入前と比べて問い合わせ件数が約3割減少しているという状況です。市民の皆様にもわかりやすいデザインにできたのではないかと感じています」(牛込氏)としている。こうしたことからも、業務の効率化だけでなく市民にとってもメリットのある取り組みであることがわかる。

 さらに、「『印刷BPO』では市の担当課によるデータチェックに加えて、BPO事業者も様々なチェック項目を設定してデータの内容や発送件数などを確認しています。二重の確認体制となったことで、これまで以上に入力や発送ミスを防止できるようになりました。さらに、事業者から作業報告のログ(履歴情報)が発行されるので、トレーサビリティも確保されています。万が一、市民からの問い合わせや何らかのトラブルがあった際でも、こうした履歴情報をもとに適切に対応できるという点も『印刷BPO』のメリットと言えます」(牛込氏)としており、業務の信頼性向上にもつながっている。

 今後の取り組みについて、牛込氏は「政府が進める自治体システムの標準化への対応が、喫緊の課題と考えていますと語る。政府は、自治体システムのさらなる連携に向けて『地方公共団体情報システム標準化基本方針』を定め、2025年度末までに、デジタル庁が整備するマルチクラウドである「ガバメントクラウド」を活用した標準準拠システムへの移行を呼び掛けている。

 前橋市ではすでに検討に着手しており、「帳票類についても国の示した標準仕様に適応させるため、デザインやシステムを更新していく必要があります。これには、印刷BPOの導入時と同じような検討が必要となりますが、以前のノウハウもあるので円滑に進め、2024年度中に対応を完了させる計画で検討を進めています」(牛込氏)としている。市民にも職員にも喜ばれる取り組みが、標準化を通して全国に広がっていくかもしれない。

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香りと時間を味わう『木の酒』ではじまる持続可能な森林経営

国立研究開発法人森林研究・整備機構

森林総合研究所 木材研究部門森林資源科学研究領域

野尻昌信 研究専門員

 米やブドウ、穀物やイモ類など、糖質を含む原料から作られるアルコール飲料は、世界中で楽しまれている嗜好品だ。しかし、もっと身近にアルコール原料となり得る未利用資源が豊富に存在している。それが樹木だ。木材の用途開発を進めていた森林総合研究所では、世界で初めて木を原料とする『木の酒』の開発に成功し、醸造技術を確立した。持続可能な森林経営への貢献が期待される香り高い『木の酒』について、森林総合研究所の野尻昌信・研究専門員に聞いた。

研究のきっかけは木材の用途開発

 日本は国土の約7割を森林が占める世界でも有数の森林国だ。特に、その4割に当たる人工林の面積は1020万ヘクタールにおよび、世界第8位(国連食糧農業機関『世界森林資源評価2020』)とされている。人工林は適切な管理がなされなければ荒廃してしまうため、伐採による適度な利用や再造林などを定期的に行わなければならないが、それが十分とは言えないのが現状だ。森林総合研究所では、その解決策の一つとして木材の用途拡大の研究を進めており、『木の酒』もその一つとして生み出された。

 木を構成している成分は、セルロースやリグニン、ヘミセルロースなどの物質だ。このうち、約50%を占めるセルロースはブドウ糖からできており、紙の原料となるパルプやレーヨンの原料などとしても使われている。しかし、セルロースはリグニンに覆われているため、通常は薬品を使った化学処理や熱処理によってリグニンなどを取り除いている。

 野尻氏は、「用途開発に当たっては、化学処理や熱処理など成分の劣化を招く処理を行わず、木材成分をできるだけピュアな形で活用できる用途を検討してきました。その中で、以前に行っていた木材からメタンガスを製造する研究の時のノウハウを生かしたら、化学処理や熱処理に頼らずともセルロースをアルコール発酵できるのではないかと思い、木そのものを原料とする『木の酒』を試しに作ってみようということになりました」と研究のきっかけを語る。“お試し”という雰囲気で始まったこの研究が、様々な試行錯誤を経て世界初の成果につながった。

木材の原料化を可能にする『湿式ミリング処理』

 『木の酒』は人の口に入るものなので、化学処理や熱処理を行わず安全性を確保できる形でセルロースを表出させる必要がある。そこで注目したのが、『湿式ミリング処理』という方法だ。これは、ジルコニアを主原料とするビーズを使って加水しながら木材をすり潰していくことで、木材を微粉砕するというシステム。通常の乾式粉砕では、細かくなった木粉同士がくっついてしまうアグリゲーションといった現象や静電気の影響などによってミリレベルの粉砕が限界だが、この手法では1㎛(1/1000mm)まで木材を粉砕することができるという。このレベルまで粉砕することで、セルロースが表出され糖化・発酵が可能になる。

 野尻氏らが確立した醸造工程を見ると、まず粉末化した木材を湿式ミリング処理によってクリーム状のスラリーとし、そこに酵素(セルラーゼ)を加えるとセルロースが分解されブドウ糖液となる。そのブドウ糖液に酵母を加えることで発酵が始まり、ブドウ糖液がアルコールに変換される。そうしてできた発酵液は水分が多いため度数の低いアルコールだが、蒸留することで濃縮され香り豊かな『木の酒』となる。

<木材からお酒を作る工程>(出典:季刊『森林総研』№49)

 「湿式粉砕のため多くの水を使用しているので、蒸留前は度数が1~2度の薄いアルコールとなります。水分を減らすとスラリーの粘度が上がってトラブルの原因となってしまうので、最後に蒸留工程を加えることで35度までアルコールを濃縮しています。だいたい2kgの木材からウイスキーボトル1本(750ml)の『木の酒』を造ることができ、樹齢50年ぐらいのスギであればウイスキーボトル100本以上ができる計算になります」(野尻氏)という。湿式粉砕処理のデメリットを補完するために加えられた蒸留工程が、アルコールだけでなく木の香り成分も濃縮し、新たな価値を生み出している。 野尻氏は「私は木質からのバイオエタノール生成など主に糖化発酵技術の研究に取り組んできたので、こうした粉砕技術に精通した研究メンバーと協力することで、『木の酒』にたどり着くことができました」と8年に及ぶ研究を振り返る。粉砕と発酵。2つの異なる技術が融合することで『木の酒』が誕生した。

<湿式粉砕でクリーム状になった木粉>
(写真提供:森林総合研究所 野尻昌信氏)
<2kgの木材が750mlの『木の酒』になる>

樹種ごとに異なる香りも『木の酒』の楽しみ

 野尻氏らの研究チームでは、スギ、シラカンバ、ミズナラ、クロモジの4樹種について、安全性試験(有害物質分析、変異原性試験、動物経口毒性試験)を行い飲料用アルコールとして問題がないことを確認している。「樽材やお箸や楊枝など食に関連する分野ですでに利用されており、安全性が高いだろうということで樹種の選定をしました。成分分析なども行いましたが、ネガティブなデータが出なかったのでホッとしています」

 さらに、現在はヤマザクラなど新たな4樹種についても安全性試験を実施しており、来年度をめどに8種類の『木の酒』が完成する見通しだ。

 樹種による違いについては、「香り成分も含めて成分評価を行っていますが、原料となる木の種類によって、成分にも違いがあることが分かっています。例えば、スギの蒸留液には木の香り成分であるセスキテルペンが多く含まれていて、杉樽に似た香りがします。シラカンバの蒸留液には桃の花の香り成分と同じ酢酸フェネチルなどが含まれ、フルーティーな印象があります。また、ジャパニーズオークとも言われウイスキーの樽材としても使われているミズナラは、ウイスキーを思わせる豊潤でスモーキーな香りを感じることができます。さらに、エッセンシャルオイルにも使われるクロモジは、蒸留液も柑橘系の強い香りが特徴的です。どれが一番美味しいかと聞かれることもありますが、個人的には全部美味しいと思っています。それぞれに個性があるので様々な楽しみ方ができると思います」と印象を語っている。

 樹種ごとに異なる個性を楽しめる。『木の酒』にはまだまだ奥深い魅力が秘められている。

<左からスギ、ミズナラ、シラカンバ、クロモジの『木の酒』>

木の育ってきた時間やストーリーも付加価値に

 このように多くの魅力を持つ『木の酒』だが、商品化に向けてはまだ課題が残されている。中でも大きな壁となるのがコストと生産性だ。「『木の酒』はお酒の分類としてはスピリッツなどに該当します。スピリッツは年間6kℓ以上の製造見込みがなければ規定を満たすことができず、酒類製造免許を取得できません。湿式ミリング処理装置の大型化が難しいため、この基準をギリギリで満たすことができるというのが現状です。つまり、大量生産によるスケールメリットが出しにくく、製造コストが高くなってしまうという課題があります」という。そこで、研究チームが目を付けたのが木の持つ価値の活用だ。

 「木材の用途として酒を選んだ理由の一つに、付加価値がつけやすくコストや生産性といった課題を克服できるのではないかという期待があります。木を使ったお酒という希少性に加えて、個性的な香りや木の使うことによる環境貢献、さらに木を育てるために要する“時間”や“ストーリー”も価値として示せれば、多少高めの値段設定となっても手に取ってもらえるのではないかと考えています」

 例えば、成木と言われる樹齢36~40年のスギであれば、1ヘクタールで1年間に約8.8トンの二酸化炭素(CO2)を吸収する。1世帯から1年間に排出されるCO2の量は4480kg(「温室効果ガスインベントリオフィス」2019年公開データ)とされており、これは、樹齢36~40年のスギ約15本が蓄えている量に相当する。スギは樹齢50年を超えるとCO2吸収量も減少してしまうので、森林吸収機能の維持には適切な伐採と新たな植樹による再造林が欠かせない。『木の酒』によって酒造りを目的とした伐採や植樹が進み、健全な森林の維持と地球温暖化対策に貢献できるという“価値”も期待できる。

 また、「木の良さには、味や香りだけではなく木が育った時間も含まれるのではないかと思っています。例えば、ワインでは生まれた年のビンテージをプレゼントするということがありますが、『木の酒』であれば生まれた年に植えられた木でできたお酒を飲みながら、それまでの思い出や“ストーリー”に思いを馳せる。そんな楽しみ方もできるのではないでしょうか」

 そのほか、地域性に伴う付加価値も考えられる。天然スギは森の香り成分の一つであるテルペン類を放出するが、地域によってその量や種類に違いがあることが分かっている。「異なる地域の木で『木の酒』を造ったときにどんな違いが出るかはまだ検証していませんが、地域によって味や香りが異なるお酒となる可能性があります。大型化できない分、クラフトビールのように地域に密着した小規模生産というビジネスモデルも考えられるかもしれません。今日はどこの『木』を飲もうか、そんな楽しみ方も面白いと思います」と期待を語る。ワインでもウイスキーでも生産地ごとのブランドが存在する。地域ごとの個性を表現できれば、いずれは日本各地に『木の酒』のブランドが生まれるかもしれない。

 今後の商業化について野尻氏は、「我々はあくまで研究機関なので、『木の酒』がどのように商業化されて広まっていくかは、研究としては対象外となります。しかし、一般公開で行った『木の酒』の香り体験会では参加者の反応も上々だったので、手応えを感じています。すでに複数の酒造メーカーなどと『木の酒』に関する特許実施許諾契約を結んでおり、製造・販売に向けたプロジェクトも進んでいるので、我々としても楽しみにしています」と期待を語る。2023年7月には、研究所内に技術普及の拠点となる『木質バイオマス変換新技術研究棟』も整備され、民間への技術普及にも本腰を入れている。

 これまで食用とすることができなかった『木』を原料とする画期的なアルコール飲料が、日本の新たな酒文化と持続可能な森林を作り出していく。

『季刊誌』に第6号を追加しました

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記事コンテンツの『食と農』に、新たな記事(有機肥料で進める地域の資源循環)を追加しました。

有機肥料で進める地域の資源循環

朝日アグリア株式会社

 国際的な肥料価格高騰を受け、肥料原料として未利用資源が注目されている。日本では人口減少とともに肥料の使用量も減っているが、世界では人口増加とともに肥料需要が増加しており、自国優先として肥料の輸出を制限する国も出てきている。肥料原料のほとんどを海外に依存している日本では、肥料の安定確保のために国産の割合を増やすことも重要であり、家畜由来の堆肥や下水汚泥といった国内の未利用資源を活用した有機肥料の導入が急がれている。そこで、有機肥料の拡大に取り組んでいる朝日アグリア株式会社(以下、「朝日アグリア」)に、肥料原料と資源循環の取り組みを聞いた。

食料安全保障と環境保全の両面から進む有機肥料への転換

 化学肥料の主な原料は尿素、リン酸アンモニウム、塩化カリウムだが、日本では約99%を輸入に依存している。そのため、国際情勢や為替状況などによっては安定的な確保が難しくなる。さらに、肥料の製造コストに占める肥料原料の割合は約6割とされており、輸入価格の高騰はそのまま肥料価格に直結する。

 実際、国内における肥料価格は高い水準のまま推移しており、ピークとなった2022年の肥料価格は高騰前の3倍近い水準となっている。こうした状況について、朝日アグリアは「肥料原料の高騰はこれまでにも一定周期で発生していますが、今回はピークを過ぎても高止まりが続いており、これまでのような一過性のものではないという見方が強まっています」としている。特に、リン酸アンモニウムについては主要輸出国である中国が輸出を規制するなど、先行きは不透明なものとなっている。

 こうした背景から、肥料の持続可能な供給体制を確保するため、政府は家畜排せつ物や食品残さ、下水汚泥といった国内の未利用資源を活用した有機肥料への転換を急いでいる。農林水産省が進める『みどりの食料システム戦略』においても、2030年までに化学肥料の使用量を20%低減、さらに2050年までに30%低減という目標を打ち出している。

 また、化学肥料の低減は肥料の安定確保だけでなくカーボンニュートラルの推進にも貢献する。化学肥料の使用により、CO2の約300倍の温室効果があるとされるN2Oが発生することが分かっており、脱炭素の観点からも化学肥料の低減は効果的な施策と言える。

化学肥料と堆肥の“いいとこ取り”を実現

 化学肥料が使われる理由は、その使いやすさと速効性にある。加工や成分調整が容易で品質が安定しているだけでなく、短期間での効果が期待できるため、高い生産性を実現できる。もちろん良いことばかりではない。前述のようにN2Oの発生を招くばかりではなく、長年化学肥料のみを使用し続けると土壌に有機質が補給されず地力を弱めてしまうため、保水力や保肥力が低下し、病害虫や病原菌が発生しやすくなるといったデメリットもある。

 一方、堆肥や緑肥などの有機物は、緩効性のため肥料効果が出るのに時間がかかり、種類によって成分にばらつきがあるが、土壌環境の改善による地力の増進や保水力、保肥力の向上、病害虫や病原菌の発生抑制などの効果が認められている。しかし、多くの農家がその重要性を理解しながらも使用が進まないのは、そのハンドリングの悪さによるところが大きい。

 こうした中、朝日アグリアでは「有機肥料を”もっと”使いやすく!」をコンセプトに、独自技術によりデメリットを改善した有機肥料の普及拡大に取り組んでいる。油かすや大豆かす、フェザーミール(羽毛の加工物)などの食品加工残さを原料とした従来型の有機肥料に加え、十数年前から牛ふんや豚ふん、鶏ふんなど家畜排せつ物から作られる堆肥を原料とする混合肥料の製造も開始。『堆肥を極める』をテーマに、全国のJAなどと連携しながら着実に売り上げを伸ばしている。

 同社最大の特徴は、堆肥などの有機原料を一般的な農業用機械でも扱いやすい硬度、形状に加工できる独自の造粒技術にある。「化学肥料原料の粒状への加工は多くの肥料会社が行っていますが、有機原料を機械で扱える性状に造粒する技術は当社がナンバーワンだと自負しています」と自信をうかがわせる。

 家畜排せつ物などを原料とする堆肥は運搬や散布のしにくさ、地域ごとの成分のばらつきなどが課題となって利用が進んでいない未利用資源の一つだ。同社では、品質管理された高品質な堆肥を原料に、不足する肥料成分を化学肥料原料で補う『混合堆肥複合肥料』とすることで、有機肥料のメリットと化学肥料のメリットを同時に享受できる“いいとこ取り”の肥料を開発。『エコレット』シリーズとして展開している。

<独自の造粒技術でハンドリング性を大幅に向上>
<混合堆肥複合肥料の『エコレット』シリーズ>

 朝日アグリアでは、「従来の堆肥は、その形状から専用の農業用機械や人の手で散布する必要があります。しかし、当社のエコレットシリーズは独自の造粒技術により一般的な農業用機械を使った効率的で手間のかからない散布が可能になります。また、製造過程で高温乾燥することで雑草種子や病原菌などへの対策を講じているほか、使用する堆肥の重量も処理前の10分の1程度となり、重量当たりの肥料成分の含有量が保証されているというメリットもあります」とエコレットシリーズの優位性を語っている。ハンドリングの良さと肥料としての高い性能に加えて、水分が低いため運搬コストも抑えられる。さらに、堆肥という国内の原料を採用しているため原料高騰の影響も受けにくいという点が評価され、順調に売り上げを伸ばしている。

 さらに、「地力を増進させる効果は使い始めてすぐに実感できるわけではありませんが、国や県の試験場での連用試験では根の張りや成長促進など目に見える形でその効果が表れてきます。使い続けることでじわじわと効果を実感できるということからリピーターが増え、販売開始3年目あたりから販売量も増加しており、10年目となる2022年度は1万トンを超えました。来年度にはエコレットをはじめとした堆肥を原料に使用した肥料の販売量を3万トンまで拡大させることを目標としています。地域の資源循環と有機肥料の利用拡大を目指して、今後も取り組みを強化していきます」と意欲を見せている。

  また、堆肥利用による地域資源循環の取り組みにも着手している。「商品としての価値を維持するため、原料である堆肥は高品質なものを厳選していますが、地域の資源循環にも貢献したいという思いから、関東工場、千葉工場、関西工場を拠点に、特定の堆肥を原料に使用した肥料をその堆肥が発生した地域で販売する耕畜連携の取り組みを進めています。堆肥利用の拡大には我々のような肥料会社だけでなく、堆肥の供給元である畜産農家や肥料のユーザーである耕種農家、また各地のJA組織など関係者が一体となった全国的な取り組みが必要です。当社としては、様々なパートナーとの連携も視野に、各地域に適した資源循環システムを提案していけたらと考えています」と地域協働への思いを語る。

<堆肥地域循環の拠点の一つとなる千葉工場>

新たな公定規格『菌体りん酸肥料』への挑戦

 農林水産省と国土交通省では安定的な肥料原料確保のさらなる促進に向けて、肥料法に基づく肥料の新たな公定規格として『菌体りん酸肥料』を新設し、2023年10月1日から運用を開始した。これは、下水汚泥やし尿汚泥、工業汚泥など国内の未利用資源の利用拡大を図るための措置となる。すでに『汚泥肥料』という規格もあり、製品中の重金属が基準値を超えていないことや植物への害が認められないものに限って登録・流通が認められているが、肥料成分のばらつきが大きいことから含まれる肥料成分を保証できず、ほかの肥料との混合などは認められていない。

 一方、新たな公定規格である『菌体りん酸肥料』は、汚泥肥料の条件に加えて原料の管理や年4回以上の肥料の分析などを盛り込んだ品質管理計画の作成とそれに基づく適切な管理が追加されている。これにより肥料成分の保証が可能となり、ほかの肥料と混合して使用できるなど活用の幅が大きく広がった。

 この新規格について朝日アグリアでは、「新たな公定規格によって、未利用資源のさらなる有効活用が期待されます。もちろん、当社としても新たなビジネスチャンスであり、新規格に基づく商品開発に着手しています。下水汚泥などは重金属等の有害成分や地域ごとに異なる肥料成分、肥料成分として期待されるリンの形態把握など、安定した肥料原料として活用するために解決すべき課題が残されていますが、自治体など関係者と連携しながら技術開発に取り組んでいます。当社独自の造粒技術を生かした新たな有機肥料として、製品化を実現したいと思っています」としている。

 独自の技術で有機肥料の道を切り開いてきた、朝日アグリアの新たな挑戦が始まっている。

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記事コンテンツの『働き方/子育て』に、新たな記事(『Edv Path』で拓く新たな教育のスタンダード)を追加しました。

『Edv Path』で拓く新たな教育のスタンダード

Edv Future株式会社

 学校教育が大きな転換期を迎えている。学習指導要領の改訂により、これまで以上に“生きる力”の育成に重点が置かれるようになった。そうした中、Edv Future(エデュ フューチャー)株式会社は学力テストでは測れない『非認知能力』の見える化による“生きる力”の育成という解決策を示している。そこで、同社取締役COOを務める橋本竜平氏に、新たな時代の教育のスタンダード構築に向けた同社の取り組みを聞いた。

目標は“自ら意思決定できる人”を増やすこと

 Edv Futureは2019年12月に山崎泰正氏によって設立された。「人口減少や少子高齢化が進む中、日本社会は一人当たりの労働生産性を高めていくことが求められる。そのためには、自ら考えて意思決定できる人材育成のための教育が必要となる」という思いから、起業に至ったという。なお、社名のEdvは、教育(Education)にイノベーション(Innovation)を起こしたいという思いから『u』を『v』に変えている。ここにも新たな教育の構築に向けた強い意志が表れている。

 同社でCOOを務める橋本氏は、「当社には山崎代表や私をはじめ、人材業界出身のメンバーが多く在籍しています。人材会社で多くの人と接する中で、学歴や偏差値では測れないコミュニケーション能力や協調性、責任感といった“非認知能力”に着目し、中高生のうちからそうした能力を身に付けるための教育システムの提供を通して、教育の新たなスタンダードを構築したいと考えています」とビジョンを語る。

 “非認知能力”とは、テストでは測定できない内面的なスキルのこと。改訂された学習指導要領では、新しい時代に必要となる“生きる力”を育むことを目的に『知識・技能』『学びに向かう力・人間性等』『思考力・判断力・表現力等』の育成を進めることとしているが、このうち知識・技能を除く2つがこの“非認知能力”に当たる。

 「社会に出た後は、学力よりも“非認知能力”が重視される傾向となってきています。中高生という早い段階から育成を行うことで、ただ教えられたことを実行するのではなく、自ら課題を認識して解決策を考えるといった力を磨くことができます。また、大学においても学力だけでなく、学びに対する意欲や志望動機を適切に示す表現力などを評価する総合選抜方式を導入する学校が増えています」(橋本氏)と“非認知能力”に対する社会的な認知の広がりを指摘している。

『総合的な探究の時間』の導入が追い風に

 Edv Futureの事業の中核を担うのは、2021年4月にリリースした成長型支援サービス『Edv Path』(エデュパス)だ。 「Edv Pathは、アセスメントと呼ぶアンケート調査を通して生徒一人ひとりの非認知能力を測定、分析してレポートを作成することで見える化します。これにより、生徒にとっては自らの特性や成長の把握が可能となり、先生にとっては生徒の成長支援のための最適なカリキュラムの作成やコーチングに活用することができます。また、データを蓄積して比較分析することで、非認知能力の成長度や能力に影響を与える因子分析なども可能となります」(橋本氏)

 同社では、設立当初から学校教育向けの非認知能力育成支援サービスの開発を進めてきたが、学習指導要領の改定に伴い2022年度から高校の授業に導入された『総合的な探究の時間』(以下、『総合的探究』)が追い風となり、Edv Pathのサービス提供を開始。3年目を迎えるが、導入件数は毎年度3~4倍に拡大するなど、高い関心を集めている。

 『総合的探究』とは、生徒一人ひとりが自らの興味・関心や社会的な課題などからテーマを設定し、そのテーマに関する問題点や改善点、さらには改善策などを自分の考える方法で調査・分析するというもの。具体的な取り組み手法は学校ごとに異なるが、学びに対する生徒の意欲や自主性、思考力、計画力など、“生きる力”=“非認知能力”を育む取り組みとして注目されている。

 一方、生徒ごとにテーマやアウトプットが異なるため、指導する先生の負担は大きくなる。さらに、これまでの学校教育では明確な指標が定まっていない非認知能力の育成が主題となっているため、対応に苦慮している学校も少なくない。

 こうした状況について橋本氏は、「生徒の探究を指導するには、先生自身も『総合的探究』のあり方や進め方について探究しなければなりません。これまでも業務負荷の大きさが課題とされてきた学校の先生にとっては、さらなる負担になるのではないかとの懸念もあります。Edv Pathは、生徒の非認知能力を示す指標となるうえ、取り組みの進捗とともにそれらの能力の変化も可視化することができるので、適切な指導支援と先生の負荷軽減という観点からも意義があるのではないかと考えています」とサービス導入のメリットを示唆している。

 中学校や高校の先生は、1クラス30人以上の生徒を担当するケースが多い。しかし、一般的に企業活動における管理者1人当たりの部下の人数は、5~8名程度が理想とされていることからも、すべての生徒を詳細な部分まで把握することは難しい。そこで、Edv Pathによって生徒の状態やこれまでの変化などのデータを“見える化“することで、指導する先生の負荷軽減も期待される。

非認知能力の見える化で個別最適なコーチングを

 Edv Pathでは、アセスメントを通して生徒の非認知能力を測定する。その結果は、感情をコントロールして応用する能力『SEL/EQ』と物事をやり抜く力『GRIT』を軸に、自己理解、社会/他社理解、責任ある意思決定、セルフマネジメント、対人関係スキル、度胸、復元力、自発性、執念の9つの基本項目などで見える化する。さらに、ニーズに応じて自己肯定感や心理的安全性などのオプション項目を加えたカスタマイズも可能という。分析結果は、コンピテンシーレポートに取りまとめられ、何が強みで何を重点的に育成していくかなどの方針決定に活用できる。

 「多感な時期にある中高生なので、その時の状況や環境、感情によっても変化が生じます。そのため、レポートを見る際はポイントの増減だけでなく、どのような変化が生じているかが重要となります。特にイベントやプロジェクトの前後では変化が生じやすいので、どういった事象がどの項目に影響するかといった分析を行うことで、より適切なコーチングが可能になります。そうした面から、“生きる力”の育成には生徒だけでなく先生の“探究”も大切になります」(橋本氏)

 さらに、「非認知能力の評価は、評価する先生のキャリアや経験、能力、考え方などによってどうしても偏りが出てしまいます。また、毎年同じ生徒を担当するわけでもないので、3年間の経過を見て判断することも難しくなりますが、Edv Pathはデータを蓄積して比較できるので、そうした部分も補完できると考えています。

 また、Edv Pathのレポートは、生徒と先生、保護者を結ぶ“共通言語”とも言える存在です。従来は生活態度や行事などにどう取り組んだかといった、やや抽象的な情報しか共有できませんでしたが、コンピテンシーレポートを面談資料として活用すれば、生徒の資質や現在の状況を保護者とも共有でき、学校と家庭のより効果的な連携による個別最適なコーチングが可能になると考えています」(橋本氏)としており、学校教育と家庭教育の相互補完による“生きる力”の育成が期待される。

<コンピテンシーレポートのイメージ>

 そのほか、コーチングプランの提示など測定後のフォローも実施している。「アセスメント結果を用いた教員研修などを通じて、結果分析の考え方に関する指導やコーチングプランの提示なども行っています。学校からの委託業務として我々が分析や指導を行うこともできますが、それでは持続可能な教育にはつながりません。実際に日々の授業や生活を通して生徒と接している先生たちが生徒の特性や非認知能力を把握し、適切な分析とコーチングを行う文化を醸成する。それが本当に意味のある非認知能力の継続的な育成につながっていくと考えています」(橋本氏)と持続可能性な教育支援にも言及している。

 学校や家庭と連携しながら、自ら考えて意思決定できる人材育成を加速させていく。Edv Futureではその目標の達成に向けて、非認知能力を育む教育支援サービスによる新たな教育のスタンダード構築を進めている。

『まちづくり』の記事を更新しました

記事コンテンツの『まちづくり』に、新たな記事(「常総らしさ”あふれる持続可能なまちづくり」)を追加しました。

“常総らしさ”あふれる持続可能なまちづくり

茨城県 常総市

 全国各地で地方創生に向けた様々な取り組みが進む中、茨城県常総市では都市化ではなく地域の“らしさ”を生かした特徴的なまちづくりを進めている。農業や豊かな自然といった“常総らしさ”を生かしながら、AIなど最新のテクノロジーも導入した持続可能なまちづくりの取り組みを、常総市の神達岳志市長に聞いた。

『水害のまち』から『しあわせのまち』へ

 多くの自治体で課題とされている人口減少。常総市も例外ではない。この人口減少対策について神達市長は「人口減少を食い止めるには、その地域の魅力を生かした持続可能なまちづくりが必要で、行政だけでなく市民の皆さんの積極的な参画が不可欠です。そのためにはシビックプライドを醸成し、市民の皆さんに浸透させていくことが重要だと考えています」と話す。

 『シビックプライド』とは地域への誇りや愛着、共感を表す言葉で、全国に広がりつつある考え方だ。『郷土愛』との違いは市民が地域の活性化に関わろうという意識であり、まさに協働の根底となる。

 「シビックプライドを浸透させていくためには、地域の魅力を表現して市内外に発信していくことも重要です。常総市では、『なんか、いいかも JOSO CITY』をコンセプトにシティプロモーションを行っています。市民には常総の魅力を理解してもらい、その魅力をより広げていくためには何が必要か考えるきっかけになる。市外に対しては一人でも多くの方に常総市を知ってもらい、興味を持ってもらい、訪れてもらい、好きになってもらう。それが地域を活性化させ、人口減少対策にもつながっていくと考えています」

 常総市では、こうした理念を具体化するためのまちづくり計画として『じょうそう未来創生プラン』を策定している。そのコンセプトは『みんなでつくる しあわせのまち じょうそう』。このコンセプトにも地元出身の市長の熱い想いが込められている。

 「2015年9月の関東・東北豪雨では市内を流れる鬼怒川が決壊し、常総市は大きな被害を受けました。さらに、“水害のまち”というイメージが市民の心の傷となって残っています。すでに新たな堤防も完成して災害からの復興は果たしたので、“水害のまち”ではなく災害に強く、豊かな自然や農業といった特徴を生かした魅力あふれる『しあわせのまち』として全国に認知してもらえるようなまちづくりを進めていきます」

農業の6次産業化へ動き始めた『アグリサイエンスバレー』

 『しあわせのまち』の実現に向けて、様々なプロジェクトが動き出している。その一つが『アグリサイエンスバレー構想』だ。

 「アグリサイエンスバレー構想は、常総市の基幹産業である農業を活性化するため食と農の融合による産業団地『アグリサイエンスバレー常総』を形成するという取り組みです。具体的には、農産物の生産や加工、流通・販売を行う企業を集積し、農業(1次産業)と加工業(2次産業)、流通・販売業(3次産業)の相乗効果による6次産業化で、従来の農業生産だけでなく常総ならではの産業を確立していきます」と構想の意義を語る。

 そのアグリサイエンスバレーの拠点となるのが、圏央道の常総インターチェンジに隣接して整備した『道の駅常総』だ。「東京から50km圏内という常総市の立地を生かすということは、何代も前の市長からの宿願でしたが、圏央道と常総ICの開通によってアクセス性が飛躍的に向上しました。これを機に常総市のプロモーションの中核及び交流拠点施設として『道の駅常総』を整備しました」

 道の駅では、常総市の新鮮な米や野菜を産地直送で販売しているほか、6次産業化の成果でもあるスイーツや調味料、お酒など付加価値のある様々な加工品も話題となっている。オープンからの状況について神達市長は「2023年4月28日のグランドオープンから徐々に取り扱う商品も増え、現在では1500アイテムとなっています。また、そのうち80アイテムが道の駅常総でなければ買うことのできないオリジナル商品で、常総ブランドも充実してきています」と自信をうかがわせる。さらに、それらの常総ブランドをふるさと納税の返礼品としても活用していく計画で、道の駅の一部店舗では飲食代金をふるさと納税として支払うことが出来る現地決済型のふるさと納税システム『ぺいふる』なども導入している。

 道の駅常総は、当初目標としていた年間来場者数100万人を大きく上回る反響を見せており、グランドオープンからの3か月余りで来場者数は70万人を超えた。「道の駅に来てくれた観光客の方々が、市内の様々なスポットを検索して訪問してくれるといった波及効果も生まれ、市内の商店街や飲食店にも好影響が出ています。それもあって、道の駅に出品したいという市内の生産者が増えています」と市長も驚きを見せる。

 道の駅周辺では集客の相乗効果を図るため、民間集客施設として日本一子供が楽しめる本屋をコンセプトに「TSUTAYA BOOKSTORE 常総インターチェンジ」が併設しており、2024年度には温浴施設の開設も予定している。また、エリア内にはリフト式で上下に動く栽培棚でいちご狩りができる“空中いちご園”として話題の『グランベリー大地』がすでに営業を開始しているほか、2025年度には都市公園の整備も予定されており、話題が絶えない。さらに、2024年春にはETC2.0搭載車が常総ICから一時退出してSAのように道の駅常総を利用できるシステムの運用も予定しており、コンテンツ拡大と利便性の向上でさらなる来場者の増加が見込まれている。

 「これまで常総市に来たことがなかった人たちにも関心を持ってもらい、常総市を訪問してもらうためのシンボルとして道の駅をさらに充実させていきます。また、道の駅では全国有数の農業県である茨城県の関連商品も多く取り扱っています。茨城県の玄関口として茨城県のPRにも貢献できればと思っています」

『アウトドアシティ』で観光振興も

 アグリサイエンスバレーによる観光の効果を市内全域に広げていくための新たな取り組みとして、常総市では『アウトドアシティ構想』の取り組みを進めている。

 「水害で決壊した鬼怒川の堤防も再建し、新たにサイクリングロードを整備してアウトドアのメニューの一つとなっています。また、レンタサイクルを実施しているほか、市内を走る関東鉄道常総線では時間と区間を定めて自転車を持ち込める『サイクルトレイン』を運行しているなど、初心者でも楽しめるサービスを提供しています」

 このアウトドア構想でも“常総らしさ”が生かされている。

 「首都圏にありながら豊かな自然と田園風景という開放的な環境を生かした農業体験も実施しています。農業では後継者不足も深刻な課題となっているため、体験農業を通して農業に関心を持ってもらい、将来的には就農者の増加につながればと考えています。

 また、鬼怒川、小貝川でのSUPなどのアクティビティや、スポーツやキャンプ、自然学習施設などを備えた『水海道あすなろの里』での各種イベントなど、様々なメニューを用意しています。特にキャンプ場については、あすなろの里など既存の施設だけでなく、常総市の政策アドバイザーにご就任いただいたタレントの清水国明さんによる『くにあきの森』など新しい施設もオープンしています。今後、快適に安心して車中泊が出来るRVパークの設置なども検討していきます」

様々な体験学習が可能な『水海道あすなろの里』

未来創生へ『AIまちづくり』を推進

 産業振興や持続可能なまちづくりなど、各種課題の解決策として常総市が打ち出したのが、AIなどの最新テクノロジーを駆使した『AIまちづくり』だ。

 「AIやICTといったテクノロジーは、今でこそ目新しいものですが、いずれは当たり前になっていくものでしょう。業務の自動化・効率化だけでなく災害対策や自動運転による交通システムの構築など、様々な分野でAIが活用される時代が迫ってきています。そこで、常総市では『AIまちづくり』というプロジェクトを進めています。様々な企業の持つテクノロジーをまちづくりに取り入れていくことで、地域振興や新たな産業の創出、アグリサイエンスバレーやアウトドアシティのさらなる進化などにつなげていきます。 すでに日本を代表する企業の一つである本田技術研究所(以下、『ホンダ』)と連携し、自動走行が可能な搭乗型マイクロモビリティ『CiKoMa』(サイコマ)の技術実証実験も常総市内で開始しています。また、歩行者に追従・先導して荷物などを運ぶことができるマイクロモビリティロボット『WaPOCHI』(ワポチ)による歩行サポートの技術実証実験も予定しています」

自動走行が可能なマイクロモビリティ『CiKoMa』(写真右)と『WaPOCHI』(写真左)

 さらに、AIまちづくりに向けた様々な検討を進めるため、『まちづくりコンソーシアム』を設置する。「新たなまちづくりは行政やホンダだけでは実現できません。多くの市民や企業の方々にも参画してもらい、様々な視点から地域活性化を目指すアイデアを募り、取り入れていく必要があります。アグリサイエンスバレー構想においても100人を超える地権者や関係者の協力、さらには市民の皆さんの理解がなければ実現できなかったと思っています。多くの関係者が参画し、何度も意見を交わしながらコンテンツを作り上げてきたおかげで、当初の構想よりも素晴らしい取り組みになりました。まちづくりコンソーシアムでも多くの主体の参画を促し、積極的な意見交換を行う予定です」と期待を語る。

 小中高生など子供たちの参画も“常総らしさ”の一つと言える。『アグリサイエンスバレー常総』という名称も、道の駅常総のキャッチフレーズである『食楽農のむすびまち 輝く笑顔をつむぐ駅』も公募によって選ばれた市内の中学生の作品だ。

 「AIやICTなどによる情報化社会の時代は、小学校のうちからパソコンやタブレットを使った教育を受けてきた子供たちが活躍する時代でもあります。デジタル教育やプログラミング教育が普通に行われるようになってきていますが、まさに現在の常総市は自動で走るマイクロモビリティやAIを活用した様々なツールの実証を通して、子供たちが目の前で最先端の技術に触れることができる環境にあり、子供たちの将来の可能性を広げる大きなチャンスになると考えています。また、常総市では中学生に議会の仕事を理解してもらうとともに、市政に対するアイデアや提案をもらう機会として『中学生議会』を開催しています。子供たちが市政に関心を持って参画してくれるような取り組みをこれからも行っていきます」

人口減少対策へ各種支援策も

 アグリサイエンスバレーの形成によって、2,000人規模の雇用の創出が予想されている。さらに、アウトドアシティの進展などが加わればさらなる規模の拡大も見込まれる。常総市では、これを移住・定住者拡大のチャンスと捉えて様々な支援策を展開している。

 「移住者向けの補助金や固定資産税の優遇措置に加え、不動産事業者によるマッチングサービスや空き家バンク制度なども紹介しています。子育て支援では、充実した幼児・保育施設や放課後こども教室など、働きながらでも安心して子育てができる環境整備を進めているほか、2022年4月には水海道第一高等学校附属中学校を開校し、一人ひとりのやる気や関心を重視した人間力を養うための教育システムを展開するなど、次世代型教育の導入も進めています」

 アグリサイエンスバレーやアウトドアシティ、AIまちづくりなど独自の取り組みを通して新たな産業を生み出し、そこで働く人や訪れる観光客に常総の魅力を知ってもらい、移住や定住を促す。核となるのはやはりシビックプライドだ。

 「常総市の周辺にはつくばエクスプレスの開通でベッドタウンとして大きく発展した守谷市や、研究学園都市のつくば市など特徴的な自治体が多くあります。常総市はそうした地域ともまた違った“常総らしい”まちづくりを目指して、市民との協働で取り組みを進めています。こうした姿勢が関心を生み、全国の150以上の自治体から視察の要請を受けるまでになりました。

 こうした成果を上げることができたのも、多くのノウハウを持つ民間企業との連携と、何よりシビックプライドを持った市民の皆さんとの協働によるものだと思っています。まちづくりのシンボルである『道の駅常総』から始まった数々のプロジェクトをさらに発展させ、今後も常総市全体が活性化していけるように、市内外の皆さんとともに魅力あるまちづくりを進めていきます」

 “しあわせのまち”の実現に向けた常総市の取り組みは、これからも続いていく。