働き方/子育て work_childrearing

『印刷BPO』で実現する市民からも喜ばれる業務効率化

群馬県 前橋市

 業務効率化やワークライフバランスなど、“働き方改革”に向けた取り組みが多くの企業で進められている。行政においても一部で進められているが、サービス品質の維持も重要とされており、多くの自治体が頭を悩ませている。そうした中、前橋市では隣接する伊勢崎市と共同で『印刷BPO』を導入し、大きな成果を上げている。職員の負担を軽減しながら住民からも喜ばれる自治体初の取り組みとは。前橋市情報政策課の岡田寿史課長と牛込大貴主任に導入の経緯などを聞いた。

35のWGできめ細やかな検討を実施

 納税通知書や各種申請書類など、行政が取り扱う帳票類は多岐にわたる。住民一人ひとりの家族構成や生活環境によっても必要な帳票類は異なり、その準備や発送業務に膨大な労力を要している。前橋市では、業務改善の検討を進める中でこうした印刷・発送の手間とコストに着目し、隣接する伊勢崎市と共同で『印刷BPO』を導入した。

 『BPO』とは、ビジネス・プロセス・アウトソーシングの略。業務の流れや仕組み全体を、専門業者にアウトソース(外部委託)することで、業務全体の効率化を図る。個別業務の外部委託よりも広い範囲の業務を包括的に委託するため、より高い効果を得ることができる取り組みとして注目されている。

 前橋市と伊勢崎市が導入した『印刷BPO』は、両市合わせて100種類以上ある帳票類を対象に、関連業務のシステム化と外部委託の導入だけでなく、市民に分かりやすいデザインへの変更も通して、業務効率化と行政サービスの品質確保の両立を目的としている。

 『印刷BPO』に取り組むきっかけは、政府が推奨する自治体クラウドの導入だ。自治体クラウドとは、複数の自治体が連携し、情報システムの集約と共同利用を進めることで、経費削減や住民サービスの向上等を図るというもの。前橋市でも隣接する伊勢崎市、高崎市と3市で『情報システム共同利用推進協議会』を設置し、業務最適化の検討を進めてきたが、その一環として2017年ごろから『印刷BPO』の検討を開始した。

 対象となる帳票類は2市合計で100種類を超え、関係者も多数に及ぶため、円滑な検討を行うには検討体制にも工夫が必要となる。そうした検討体制について牛込氏は「関連する部署も多く、前橋市と伊勢崎市ではルールが異なるものたくさんあったので、検討に当たっては両市の情報政策課を事務局として方向性の統一と意見の集約を図りました。また、きめ細やかな議論を行うため、自治体クラウド導入のために設置した35のワーキンググループ(WG)を活用しました」と話す。

 さらに、多くの部署にまたがるプロジェクトでは、一つのプロセスの遅れが全体に影響する。特に、一度決まったものに問題が見つかり前の工程からやり直すいわゆる『手戻り』の発生は、スケジュールだけでなく手間やコストにも影響を及ぼす。こうしたリスクを排して効率的な検討を進めるため、「検討段階では、手戻りなどによるスケジュールの遅れや工数の増加を防ぐために、担当WGや担当課でしっかりとコミュニケーションを図って確認し、承認後の再修正は原則行わないというルールを事務局で定めて、それを徹底しました」(牛込氏)という。

 個別のWGの検討結果を事務局が総括し、全体のルールを定める。そのルールに基づいてそれぞれの担当者たちが意見を出し合い、最適な解答を導き出していく。そうした仕組みで検討を重ね、全体の意思統一を図りながら1年半の検討期間を経て、『印刷BPO』は2019年に運用を開始した。

市民が理解しやすい“伝わるデザイン”へ

 『印刷BPO』の検討にあたって重視したポイントの一つが、市民が理解しやすい帳票類とするためデザインの刷新だ。帳票類をはじめ行政文書は分かりにくいものが多い。マイナンバーカードの発行などは記憶に新しいが、手続きや書き方がわかりにくいために電話や来庁による問い合わせも少なくない。また、環境や家族構成などによっても必要書類が異なることが多く、説明のための同封物も個別に仕分ける必要があるなど、印刷・発送だけでなく関連業務でも多くの工数が必要となる。こうした課題を解決するため、「市民にも職員にもメリットがある仕組みとするため、ユニバーサルコミュニケーションデザイン認証(UCDA認証)に基づく新たなわかりやすいデザインを検討しました」(牛込氏)としている。

 UCDA認証とは、一般社団法人ユニバーサルコミュニケーションデザイン協会(UCDA)が運営するデザインのわかりやすさを評価する認証制度のこと。『わかりやすさ』という曖昧な概念に対して、情報量やレイアウト、色彩設計など9項目の評価基準を設定し、わかりにくくなる要素が排除されているかどうかを評価する。認証には、見やすさを認証する『見やすいデザイン』(レベル1)とユーザーの理解度まで踏み込んだ伝わりやすさを認証する『伝わるデザイン』(レベル2)の2段階が存在し、前橋市と伊勢崎市の印刷BPOでは、より評価項目の多い『伝わるデザイン』の認証を取得している。

 「UCDA認証を取得した理由は、第三者による客観的な評価であることと、専門家と生活者の双方の目線から評価されるということにあります。帳票類のデザイン変更に際しては、“市民に伝わるデザイン”という目的は一致していたものの、担当者それぞれのこだわりや2市におけるこれまでの運用の違いなどから、多種多様な意見が出てくることが想定されました。そこで、第三者機関であるUCDAの認証取得という条件を付けることで、検討の方向性を一本化し、意見の調整を図りました。また、UCDA認証では専門家の評価だけでなく、生活者目線から実際の使用感を測るユーザーテストなども行われるという点も、“伝わるデザイン”に必要な要素だったと感じています」(牛込氏)

<従来の帳票デザイン(左)と見直し後の“伝わる”デザイン(右)>

 新たなデザインと情報システムの連携、細かな印字位置の調整など、試行錯誤を繰り返しながら丁寧な検討を進めていた中で、もう一つ課題となったのが通知書等と同時に発送する同封物の効率化だ。「前橋市においても、帳票の種類や対象となる方々の環境によって同封物が異なります。さらに、伊勢崎市とは同じ区分でも異なる同封物があるなど、同封物のルール作りにも様々な調整が必要でした」と岡田氏は当時の状況を振り返る。

 同封物の区分が増えると作業が煩雑となり、効率化の効果が薄まってしまう。さらに、BPO事業者の定めた制限もあったことから、同封物を最小限に絞ることなどを盛り込んだ封入封緘仕様を定め、効率的な運用フローを模索した。

「それぞれのWGにおいても、同封物を減らすとサービスの低下につながるのではないかという懸念もありましたが、帳票自体を“伝わるデザイン”に刷新したことで、同封物を減らしても市民の理解は得られるとの方針のもと、ケースごとの同封物の区分をとりまとめました」(岡田氏)

 こうした区分の見直しによりスムーズな外部委託が可能となり、封入封緘業務の効率化と発送ミスの減少などにつながっている。

 

  

2市合わせて約50%の経費削減を達成

 多くの関係者による1年半にわたる検討の甲斐もあって、2019年の運用開始以降、『印刷BPO』事業は大きなトラブルもなく順調に推移しているという。「事前に様々な検証をしっかりとできた点も順調に運用できている理由だと思います。もちろん新しい仕組みとなったことで、導入当初は小さいミスやトラブルもありましたが、想定外の大きなトラブルは起きていません」(牛込氏)と運用開始からの5年間を振り返っている。

 当初の目的であったコストと工数削減についても『印刷BPO』導入の効果が表れている。前橋市では対象となる28の帳票類の印刷・発送関連業務について、導入前には5年間で総額6億952万円の経費を要していたものが、導入後は3億7406万円となり38.63%のコスト削減を実現している。伊勢崎市も合わせた2市合計では5年間で49.74%と、約50%もの経費削減効果となっている。  

 また、「工数についても、従来と比べて職員が直接行う業務が減っただけでなく、手作業だったが故のミスも無くなりました。さらに、紙や印刷、封入封緘業務の発注などこれまで担当課が個別に行ってきた契約や発注依頼の一本化による納期の短縮、納品物の保管や封入封緘のために会議室を長期間確保する必要がなくなるなど、様々な効率化が図られており、数値化は難しいですがかなり大きな効果が出ています」(牛込氏)と実感を語っている。

 “伝わるデザイン”へと変更した帳票類については、「導入前と比べて問い合わせ件数が約3割減少しているという状況です。市民の皆様にもわかりやすいデザインにできたのではないかと感じています」(牛込氏)としている。こうしたことからも、業務の効率化だけでなく市民にとってもメリットのある取り組みであることがわかる。

 さらに、「『印刷BPO』では市の担当課によるデータチェックに加えて、BPO事業者も様々なチェック項目を設定してデータの内容や発送件数などを確認しています。二重の確認体制となったことで、これまで以上に入力や発送ミスを防止できるようになりました。さらに、事業者から作業報告のログ(履歴情報)が発行されるので、トレーサビリティも確保されています。万が一、市民からの問い合わせや何らかのトラブルがあった際でも、こうした履歴情報をもとに適切に対応できるという点も『印刷BPO』のメリットと言えます」(牛込氏)としており、業務の信頼性向上にもつながっている。

 今後の取り組みについて、牛込氏は「政府が進める自治体システムの標準化への対応が、喫緊の課題と考えていますと語る。政府は、自治体システムのさらなる連携に向けて『地方公共団体情報システム標準化基本方針』を定め、2025年度末までに、デジタル庁が整備するマルチクラウドである「ガバメントクラウド」を活用した標準準拠システムへの移行を呼び掛けている。

 前橋市ではすでに検討に着手しており、「帳票類についても国の示した標準仕様に適応させるため、デザインやシステムを更新していく必要があります。これには、印刷BPOの導入時と同じような検討が必要となりますが、以前のノウハウもあるので円滑に進め、2024年度中に対応を完了させる計画で検討を進めています」(牛込氏)としている。市民にも職員にも喜ばれる取り組みが、標準化を通して全国に広がっていくかもしれない。

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