食と農 food_agriculture

持続可能社会のカギを握る『微細藻類』の可能性 <後編>

中央大学理工学部人間総合理工学科

  山村 寛 教授

 事業化に向けた検討が進む微細藻類。CO2を吸収してタンパク質などとして固定化する微細藻類の働きは、カーボンニュートラルの取り組みにも貢献する。しかし、どれだけ環境に貢献できる技術でも市場規模や市場価格が見合わなければ持続可能な事業にはなり得ない。持続可能な微細藻類ビジネスの確立に向けて必要な取り組みとは。中央大学の山村寛教授に展望を聞いた。

事業化へコストダウンが大きな壁

 微細藻類の培養方法は、その用途に応じて大きく2つに分けられる。一つは密閉容器の中で培養する『閉鎖型』で、もう一つは屋外の広大な土地を使って水槽内で培養する『開放型』だ。『閉鎖型』は設備規模が制限されるため大量生産には向かないが、温度や湿度などの環境調整が容易なうえ、微細藻類の培養で最も注意が必要な異物の混入(コンタミネーション)を防ぎやすい。一方、『開放型』は設備規模の制限があまりないため大規模生産が可能だが、屋外であるため培養環境の調整や異物混入の防除が難しい。

 「市場規模は大きくないものの付加価値が高く徹底した品質管理が求められる健康食品や医薬品などは、小規模ながらしっかりと管理できる閉鎖型での“過保護な”培養が主流です。一方、燃料生産などは市場規模が大きく短期間で大量に培養することが優先されるため、開放型での“野放し”的な培養が主流となります」

 これらの培養方法はコストの考え方にも違いがある。“過保護”な培養を行う閉鎖型は、しっかりとした管理を行うため設備の導入コストも維持・管理コストも高くなる。ただ、付加価値が高くて競合の少ない分野であるため、市場価格もコストを踏まえた額に設定することができる。一方、開放型は地面を掘削してビニールシートやコンクリートで防水加工を施した水槽が主流であり、閉鎖型培養と比べて設備単価はそれほど高くないが、「燃料生産には10ヘクタール以上の面積が必要とされており、その広さから全体費用は思った以上にかかります」という。

 また、「昆虫やほかの微生物などに捕食されやすく異物混入のリスクも高いので、培養液を酸性に保つなどの対策が必要で、維持・管理コストも安くはなりません。さらに、酸性の培養液の漏洩による環境汚染のリスクもあり、実際には“野放し”とはいかないのが現実です」という。そのうえ、既存の燃料とも競争できる価格設定という制限もあることから、短期間での培養が可能な微細藻類とはいえ生産システムの大幅な低コスト化は避けて通ることのできない課題だ。

 微細藻類を持続可能な事業としていくために、こうした『市場規模』と『市場価格』のバランスが非常に重要となる。山村教授は、「もっとも望ましいのは、市場規模が大きく市場価格も高く設定できる商品の開発ですが、そんな理想的なものはなかなかありません。微細藻類の活用を持続可能な事業としていくためには、こうした市場規模と市場価格のバランスに考慮しながら、展開する用途に適した微細藻類の選定と、低コストで効率的に培養できる仕組みを構築していく必要があります」と分析している。

                  (図1)微細藻類の活用用途と培養方法

効果的なCO2供給で環境と経済にやさしいシステム

 微細藻類には大気中のCO2を吸収して光合成によりタンパク質などに変換して固定化するという機能がある。これによりカーボンニュートラルへの貢献が期待されているが、現在の培養方法ではCO2の吸収や固定化が効果的に行えていない可能性があるという。

 「微細藻類へのCO2供給はブロワーなどを使って培地に空気を送り込む『ばっ気』という方法が主流ですが、ばっ気ではCO2のほぼ99%が大気に戻っていってしまうということが分かりました。せっかくエネルギーと手間をかけて回収したCO2ですが、供給量のほぼ全てが大気に戻ってしまうのではカーボンニュートラルにはつながりません」

 この問題の解決に向けて、山村研究室ではCO2を大気放散させない効果的な供給技術の開発に取り組んでいる。開発中の技術は、気体のみを通すことができる脱気膜(非多孔性中空糸膜)を利用してCO2分子を培地に効果的に溶かし込むというもので、培地に溶存したCO2は大気に戻らず微細藻類が吸収しやすい環境となるため、光合成の促進により効果的にCO2を固定化できる。また、CO2濃度のコントロールも可能となるため、微細藻類の種類に応じて育ちやすい環境に培地を調整することができる。

 山村教授は、「効果的にCO2を供給することで、微細藻類の成長を促進するだけでなく培養に用いる高濃度CO2の使用量を抑えることもできます。これにより、培養の低コスト化とカーボンニュートラルへの貢献を両立できるシステムの構築を目指しています。また、汎用性の高い技術なので、微細藻類以外の分野など多方面での活用も期待できます」と展望している。

                    (図2)CO2供給技術のしくみ

 また、地球温暖化などで悪者とされることが多いCO2だが、実はビールや清涼飲料水の製造に使われる炭酸ガスや保冷剤のドライアイスの原料などとして多くの産業で使用されている。こうした工業用CO2は、主に火力発電所や製油所などにおいて副生される炭酸ガスを回収して使用しているが、温暖化対策の推進とともにこれらの施設は廃止や減産の傾向にあり、工業用CO2の供給量は世界的に減少している。一部ではCO2回収システムの導入なども進められているが、山村教授らの開発しているシステムならばCO2使用量の削減が可能であり、環境と経済の両面に優れたシステムの構築が期待される。

 こうした新しい技術の開発に加え、研究者や企業による新種の微細藻類の開拓や変異株の研究なども進んでいる。

 「新種の発見や突然変異による機能強化など、微細藻類には多くの可能性が眠っています。新種の発見や突然変異は一朝一夕でできるものではないので地道な努力が必要ですが、培養技術の向上と合わせて大きく状況を変える可能性もあります」

 まだまだ超えるべき壁は多いが、産官学が一体となって様々な分野で微細藻類の実用化に向けた動きが加速している。生活のあらゆる場面で微細藻類が活用される、そんな未来が近づいてきているのかもしれない。

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